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2006年2月21日 (火)

土方巽暗黒舞踏

赤ちゃんこそ舞踏者の先生です。

舞踏者はいかに幼児的身体になるか、このために稽古の2時間は野口体操でからだをほぐしていきます。
おのれのからだのセンサーと対話することがからだを開いていくことです。

舞踏者はおのれが最初にこの地に両足で立ち歩行した記憶まで、たどっていきます。
こうして舞踏者の歩行はようやくにして1歩を踏み出すことができます。DNAへの帰還。

舞踏者のイメージは生命潮流の起源へと、とりつかれたように向かってまいります。故郷への帰還です。

キリスト教成立以前の身体感覚を自覚の下の層に波動させていく、これがヨーロッパが土方巽暗黒舞踏を受容した理由ではないかと思います。

日本では60年代現代美術のひとつの潮流として土方巽暗黒舞踏は認知されておりす。
現代美術とは現代思想の造形でもあります。
身体美術をめぐる潮流として認知されているのかもしれません・・・
現代美術とは国民言語がいらない媒体です。それゆえに世界市場の共通項に参加できます。
舞踏もゆえに世界市場へと演劇よりも参加できます。

妄想が対話をするとき想像力は「人」「間」の交信応答として空間を生成させます。
想像力が言葉という形になるとき「私が産まれた日」です。
その私とは言葉です。
想像力の滝、御霊をもった竜神(水の神)、御霊=御魂=御玉とは地球です。

星の子である人間の想像力とは宇宙にも似て広大であり、4次元の世界を内包しております。

下降に舞踏に関する自分の文章が一本だけありましたので
掲載させていただきます。

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闇である。天上の言語を支配する者は地上を支配する。あかりが天から垂直に落ちるとき、舞台の奈落が同時的に対象化される。それが舞踏家の現在への回答であろう。 観客は舞台が幕を切って落とされた一瞬において規定される、白い布が落ち、月より 永遠の今、かぐや姫が降臨する。ここは神の国だ。

 頭書としての背骨にある近未来としての赤と緑のサインライト、あれは音であろう。
外では雨の音、さらり-まんたちの歓声、都市の騒音消して、天使は夜の雨空へと上 昇するのか? しかし舞踏家は奈落へと絶望を背負い沈んでいくのである。その対話は、かつてあった故郷の土に交信しているかのように。ときおり背の赤と緑の点あかりが、われわれ観客に向かって膨張する。あれは象徴としての羽であろう。そして舞踏家の呼吸であろう。

 やがて言葉を生成させる、わたしの立場は消滅する、それが池田ユリヤの時間だ。
「人間には羽がはえていたのだ」ゆっくりと同意する詩人、和栗由紀夫氏の言葉に置換すれば堕天使であり、失楽園以後の時間を表象したのかもしれない。しかしおそらく「天の衣」であろう、唐時代、洞窟に描かれた仏教絵である。池田ユリヤの起源は韓半島からイベリヤ半島へと疾走する大陸にあると直感する。

 われわれ観客は舞踏家の時間と接続し、神と対話する。そこにちいさな密教の場所が誕生する、それが35人もはいれば満員になる小劇場の特権的肉体であろう。池田ユリヤと曽我傑のコラボレ-ションによって生成した空間とは生き神である。そこに表象と時間の現在的原点をわたしは確認する。俳優は人間としてのメディアではあるが舞踏家はさらに覚悟の総量において、生き神と人間の回路を接続するメディアかもしれない。舞踏家は「現」なるものを飛翔することによって、表現とは云わない、それは源態としての「像」なのである。ゆえに生き美術なのであろう。

 天使と神の絶望こそが第一部であった。タルコフスキ-が映画「ストカ-」で表明したごとく、絶望する人間こそが神と対話できる。われわれは表層皮膚を突き破るものは愚劣なエイリアンである、H・R・ギ-ガ-に80年代から90年代と規定されてきた。人間的内容の解剖であり、人間のような物への廃虚への敗北の過程である。それはやがて茶色の最強の昆虫と人間の合体まで退行する。映像と表層、最後の人間。自己に絶望するものは世界に絶望する、そこにおいて救済とは対話能力であろう。

 思想もそうであるが、神との対話とは個人による営為であり、神とは時間と空間その宇宙であり、ソロ舞踏は、個人による個人のための個人への対話能力を観客に喚起させる。こうしてソロ舞踏は美術のように、きわめて思想領域へと回路を開き純化させるのであろう。こうして池田ユリヤは第一部において、背骨からアメリカUSA的世界市場の絶望映像を打倒し、みごとな羽と天の衣を空間に像形したのである。舞踏の生成が現代史における至福として、西洋人に受け入れられた要素がここにある。彼らは神としての時間と対話しただ。

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糸である。紅い糸紐が舞踏者の手首にからむとき、つながれた袖幕には
あらかじめ分化された、わたしがいる。世界とは自我がわかれたとき、誕 生する。舞踏家は世界のかなたにいる、もうひとりの自分と出会っている。 観客は、舞踏家が生成した鏡としての瞳と脳波が出力した「対自己」の空 間に出会う。舞台とはわれわれにとって遠い、それが表象へのあこがれを 内包する夢となり、その回路こそが舞踏家の身体である。

 人間としての個人にとって、何故、世界はここにあるのだろうか? わ たしは池田ユリヤの舞踏によって、その糸口がみえてきた。この世界とは わたしのもうひとつの巨大な自我であり、意識であり、自己の身体をおの れが所有できないように、この巨大な世界も所有できない。「神の国」だ からである。その奇蹟、ひとは自己の器としての容量にみあった世界を生 成させている。人とは空間である。その空間は人のこころが集合した網の 細胞であろう。舞踏は空間の遺伝子なるものを呼び出すのである。

 第二部、池田ユリヤが紅い糸紐を、袖幕から伸ばしたとき、わたしには すぐさまジァンジァン最終公演としての、万有引力『記憶の地下想像力』 に張られた紅い蜘蛛の糸がかさなり、陳腐だと感じた。しかし世界を再生 させるにおいて、その方法は必要だったのである。絶望した天使と神を呼 び出すために。

 紅い糸紐に池田ユリヤの身体がからまる、えろすである。そこに空間のエ クスタシ-が集中する。いい表情だと思う。いい腰だと思う。わたしは青 年時に始めて女性を抱いたとき、背から腰に流れる曲線の美しさに息を呑 んだ記憶がある。えくすたし-とは美しい季節である、その夜の匂い。 その至福こそが、世界への愛情として、再生するのであろう。世界とは、 もうひとりの分化された自分である。舞台とはやはり最後まで自己への信 頼を問い、そして舞踏家の細胞は覚悟の総量において、空間へと、夜と夜 の夜、都市に摩滅した観客の細胞を再起動させるのである。

 曽我傑の音は舞踏家の身体にとけ込み、それは音のみが主張することは ない、ゆえに舞踏と道連れの音楽家なのだが、あかりは今でも記憶に残る。 昨年秋、同じ小屋での境野ひろみ舞踏公演でも、曽我傑のシンプルな世界 にうっとりとした。暗黒からあかりの源態が知感できる。そのあかりが縦 軸と横軸において、「永遠の今」を生成させるのである。ゆえに観客は至 福な特権を所有できる。それは思考する現代美術ではない、やはり身体表 象としての空間美術なのである。

 ユリヤが紅い紐糸と、白い衣裳を捨てたとき、風がやむ。舞台の中央。 中心が観客に迫る。女とは自己と世界が分離してないんだよ、あんた。情 けない男たちよ、さようなら。わたしは彼女の暗黒子宮にからだごと飲み 込まれればよかったと思った。ユリヤの躯体が反り、ふんばる足が美しい と思った。しかし、今だ、手の表情が弱かった。若さゆえのエネルギ-と 集中で疾走していた。しかし、あれは演劇以上の衝撃あるシ-ンだ。世界 を再生させる裸力としてのえろすである。

2000/06/06

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