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2006年3月27日 (月)

おーるさんを弔いながら、応募投稿

郵便局の窓口に出してきた。
新潮新人賞応募投稿。
まだ校正と推敲が完全ではなかったが
今日出さないと、機会を逃してしまうと思った。
214枚。
どっと疲れがきた。
郵便局に行く、裏道は河べりで桜並木があった。
枝に花があった。夜桜の路地。
満開は4月に入ってからだろう。

夜桜を見ながら、おーるさんのことを考えた。
おーるさんはぎりぎりのところで表現をしてきた。
インターネットを表現母体とした
サイバーアーティスト、そしてサイバージャーナリストの死だった。
そしておーるさんはインターネットという街頭の詩人だった。
たたかいながら死んだおーるさんは伝説となるだろう。

サイバー村人はおーる神社を建設するだろう。
インターネットにおける、おーる神社である。

小説らしきものは未完成として70年代の末から書いてきた。
書いておいてよかったと思う。
そこでのコンセプトを今、まとめているように思う。
とにかく3年間は応募投稿して行こうと思う。

賞金をめざして、金が入ることを夢みて
書くのだが、ほとんど病気である。
憑かれたように書けば、いつか賞を獲得できるだろう。
自分の小説はいつか本になるだろう。
それを信じて書くしかない。

今回はおーるさんを弔うための応募投稿となった。
次は6/30締め切りの文学界新人賞の応募投稿をめざそうと思う。
100枚以内。
とにかく書いていくことが
おーるさんの弔い合戦だと思う。
生活と表現でたたかうことが、おーるさんの表現に応える道だと思う。

わたしたちはインターネット表現者だと思う。
おーるさんは最後まで表現しながら死んでいった。

ブログで書いて表現していく民衆の声が聞こえる。

インターネットサイバーおーる神社が出来たら
その境内から「新じねん」の神輿が出発する。
神輿が民衆によって担がれ、山車が街頭を練り歩く。
「ワッショイ、ワッショイ」
街頭こそインターネットでありブログだ。
その街頭は世界に接続している。

おーるさんはインターネット表現の可能性を刻印してきた。
権力者どもに負けてはならない。

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