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2006年4月27日 (木)

おーるさんの2002年8月3日日誌 【新じねん】

02/08/03 (土)
 工場内での夜間作業ではあまり物音を立てないように気を使う。地域住民の睡眠を妨げないよう、騒音となる電動器具は使えない。とはいっても、我が社に隣接する旧国道では、時折長距離トラックが轟音を響かせて通り過ぎていく。私が作業をしているとチロが工場内に入ってきて見ている。猫の手も借りたい心境だ。「おまえたちのキャットフード代を稼ぐために、こうして働いているんだぞ」とチロに語りかける。それを知ってか知らずか、チロはきょとんとして座っている。仕事に区切りをつけた夜明け前に仮眠をとる。いつものように子猫たちが部屋中を飛び回る物音で目が覚める。六匹の子猫たちが入り乱れて飛び回る様は壮観である。そして時に神経に障る。近頃は木登りを覚え、昨日の突然の雷雨では一時行方不明となった。彼らが木登りをしている時だけ安心していられる。道路に飛び出して轢かれる危険がないからだ。
暴れ猫筆頭ワンパーク 一足遅れのコミック
 16時現在、急ぎのベースをようやく仕上げの段階までもってくる。今日はこれでひと区切りし、明日の午後から仕上げることにした。足の持病も悪化する一歩手前で、これ以上作業をつづけると激痛で数日間歩けなくなる。というわけで足を休め、かつ遅い朝食兼昼食を摂る。オカズは卵焼きだけの簡単なもの、主食はいつもの玄米に麦を混ぜたものだ。

 昨日は「ジェニン虐殺の証拠はない」とした国連報告について書いたが、これに早速イスラエルが反応 <国連報告書>ジェニン事件「虐殺なし」イスラエルは歓迎 とのニュースが流れた。まったくふざけた話である。イスラエルは当初虐殺の事実を認めておいて、ここにきて「誤解が解けた」などと言ってのけているのだ。ジェニンの虐殺については再検証して、イスラエルの欺瞞を暴く必要がありそうだ。
 昨夜はやっと「モンロー死の真相」が放映された。番組予定の変更ゆえに延期になっていたものだ。新事実もあって、これまでの伝えられた真相がより複雑になってきた。つまりマリリン・モンロー(Marilyn Monroe 1926-1962 本名Norma Jean Baker)は二度死にかけたことになり、二度目に死んだということになる。噂のとおり、モンローは自殺などではなく、他殺だとの認識を新たにしている。今回の新事実は、モンローの家政婦マレー夫人の証言が元になっている。

1964年
8月4日
 夕刻、ロバート・ケネディ(Robert Fitzgerald Kennedy 1925-1968)司法長官がモンロー宅を訪れる。この時、家政婦マレー夫人は二人の激しく言い争う声を聞いている。
 午後10時37分、意識不明になったマリリン・モンローの自宅へ、救急隊員ジェームズ・ホールが救急車で向かう。自宅で待ち受けていたのはモンローの広報係パット・ニューカムだった。ホールは蘇生を施し、モンローを安定させることに成功する。そこにモンローの精神担当医ラルフ・グリーンソンが現われ、モンローの胸に注射を打つと彼女は急にグッタリとし、グリーンソン医師からモンローの死が告げられる。この時、マレー夫人は警察官と並んでケネディ大統領(John Fitzgerald Kennedy 1917-1963)の義弟ピーター・ローフォードが同席していたことに気付く。

 公式の発表では、モンローは4日ではなく5日の午前3時頃、担当医グリーンソン医師が駆けつけた時にはモンローは死亡していて、その時点で死が確認されたことになっていた。今回のマレー夫人の証言によれば、グリーンソン医師はまだ生きていたモンローを診たとしている。つまりグリーンソン医師は偽証したことになる。それも注射をしたあとに死亡したとなれば、その時の注射液は何だったのか?グリーソン医師への嫌疑も出てくる。
 これにシカゴのボス「ムーニー」ことサム・ジアンカーナ(Sam Giancana 1908-1975)の証言を照らし合わせてみる。この証言は彼の弟チャック・ジアンカーナ(Chuck Giancana)が生前の兄「ムーニー」から直接聞いたところのものである。

 シカゴのボス「ムーニー」は殺し屋ニードルズ・ジアノーラにモンロー暗殺を依頼する。ジアノーラは相棒マグシー・トルトレーラとほか二名の殺し屋を招集、計四名がモンローを殺害するためにカリフォルニアに向かう。彼らがモンローの家を監視していたとき、ロバート・ケネディ司法長官が二人の男と共にモンロー宅に到着、そのうちモンローが一人の男と言い争い始めるのを目撃する。(この場合、JFKの義弟ピーター・ローフォードである公算が大きい) ヒステリックになったモンローを宥めるため、ロバートはもう一人の男に「注射を打って彼女を落ち着かせろ」と命じる。もう一人の男とは、おそらくモンローの担当医グリーンソン医師であろう。(これと先のマレー夫人の証言を照合するとき、内容的に辻褄が合ってくる。ただ、医師が注射したあとにモンローが死んだという証言には、以後重要な食い違いが出てくる。何故なら、彼らはその後にモンローを殺害することになるからだ) 
 彼ら四人の殺し屋たちは深夜午前0時前に行動を起こした。まず鎮痛剤を打たれてグッタリしていたモンローを裸にしてベットに運ぶ。そして医師が特別に処方した睡眠薬ペントバルビタールをモンローの肛門に注入する。座薬は速効性があり、肛門の膜組織から吸収されたペントバルビタールは直接血管に入り、胃から検出されるものは何もない。つまり検死しても引っかかることはないというわけだ。こうしてモンローは静かに息を引き取り、殺し屋たちも静かに消えていった。

 虚々実々、黒澤明監督の「羅生門」を想起させてくれる。家政婦マレー夫人の新証言によって、はからずもシカゴのボスの証言を裏付けることになった。これは私にとっても新発見である。グリーンソン医師の注射後にモンローが死んだとされる彼女の証言も、高齢ゆえの思い違いを考慮しなければならないだろう。私はやはりマフィアのリアルな証言に真相を垣間見るのである。

【視聴予定】
■21:00-21:54 TBSテレビ 世界・ふしぎ発見!「みんなの知らない・ハワイ大冒険 II 」 マウイ島に古代神殿・謎の大地底世界
■22:00-22:30 NHK教育 国宝探訪「洛中洛外図の京を歩く」 信長上洛と町衆 

http://csx.jp/~gabana/Sizen/Zizi/hibi0208/hibi020803.htm


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