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2006年11月26日 (日)

小説 新昆類 (16) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 大日本帝国・帝都東京は、日本国の首都東京に変貌しても、律令制度のシステムは保守
しきる。朝鮮戦争に突入する前夜、占領軍によるレッドパージ政策に寄生して、敗戦後に
高揚した民衆の変革の要求とたたかいを封じ込め動物的本能である自己遺伝子と模倣子は、
朝鮮戦争という他者の犠牲の上に成立する経済復興によって、再度、政界・財界・官界に
おいて復活する。

 解体されたかにみえた財閥銀行は、朝鮮戦争による収益によって、金融という血管をは
りめぐらし、死んだかにみえた系列の巨人体をよみがえらせるのである。一九九二年、U
SAによって批判されている日本市場の不透明、持ち合い株制度、系列という独占体質は、
朝鮮戦争において形成される。さらに下向すれば大東亜戦争総力戦経済体制であり、さら
に下向すれば明治初期に出発する国家官僚主導による資本主義の律令制度的形成にまでた
どりつく。

 日本の資本主義とはアングロサクソン的な自然発生的に生成してきた市場経済ではない。
律令制度システムによる統制によって自然生成してきた資本主義である。ゆえにスターリ
ン資本主義となる。

 スターリンは孤独であり誰も信用せず、彼が主体化したのはマルクス主義の前提である
ヨーロッパ哲学史・ヨーロッパ経済学史ではなく、ロシア皇帝政治警察との死闘の体験で
ある。革命者は逆説的に政治警察との死闘により政治としての民衆支配方法を学ぶ。なぜ
か? 十九世紀は個人の世紀であったが、二十世紀は組織の世紀となったからだ。組織と
は組織との死闘により建設される。スターリンは流刑地のシベリヤから歩いてモスクワに
戻ってきたという英雄伝説がある。

 スターリンは政治警察との死闘に打ち勝ったが、逆に皇帝ツアー政治警察のウィルスに
感染し、ロシア皇帝の自己遺伝子と模倣子はスターリンの体内に浸入した。民族の牢獄を
スターリンはウィルスの進化として、ソビエト連邦として再編した。これがスターリン民
族主義の理性と正義であった。

 革命による反革命の悲劇はなにゆえ起きるのか? それは革命戦争が政治警察やあるい
は軍隊により、民衆から引き離され、孤立した空間に封じ込められることにより、革命者
に民衆不信あるいは他者不信を引き出しながら、政治警察のウィルスは革命者の模倣子に
浸入する、こうして自己遺伝子は革命が成功した後に再起動する。歴史とは動物的本能と
しての自己遺伝子と模倣子の反復である。模倣子こそは自己遺伝子と往復する回路として
の衝動であり、シミュレーション、構想力であろう。

 地方自治国を認めた封建幕藩体制を打倒し、律令制度の反復としてあった日本の明治体
制の成立と近代の出発。明治十四年の政変で、イギリス・USA型の資本主義国家を志向し
ていた筆頭参議大隈重信と福沢諭吉の勢力が、政府から追放され、伊藤博文・山県有朋の
長州が勝利し、プロシア型国家官僚システムによる資本主義ー富国強兵戦略が選択される。
自由民権運動は粉砕され天皇絶対主義システムが古代より再起動する。古代天皇制を自壊
させたのは後醍醐天皇の野望としての鎌倉幕府つぶしだったが、後醍醐天皇まで退行した
のであり、足利尊氏は逆臣となった。「天皇の世は千年そして八千年続け、太古のさざれ
石に苔がむすように永遠なれ」これが国歌であり日本国是の誕生。

 革命と反革命が二重言語として一体になり進行する、これが明治維新としての革命であ
り反革命であった。ゆえに論理と倫理は沈黙し、アンダーグランドへ押しやられるのであ
る。 

 「建前」と「本音」、「近代」と「封建」この二重言語とはいかに自然生成し、天皇制
を廃棄すれば自己そのものが崩壊するという恐怖が、自己遺伝子と模倣子から突き上げて
くる。言葉は二重に引き裂かれ、言葉は自己から離れ、自己の体験と歴史は沈殿する泥と
なる。日本の根幹に迫り「日本イデオロギー論」を現出した戸坂潤は近代の牢獄で殺され
た。日本とは何か、その根幹をデジタルワールドに移植する作業とは、明文化することで
ある。デジタルワールドの出現とは、地球資源の限界が一九七〇年、ローマにおいて資本
主義の危機として宣言されたことに出発する。資本主義は無限に拡張していく運動である。
 月に行ってみたが、月とは資本主義が展開できる場所ではないことが冷厳な事実として
USAに突きつけられる。そこで宇宙進出競争で発展したコンピュータ・ネットワークに
おけるデジタルワールドが選択された。資本主義はデジタルワールドにおいて無限的な運
動をしていくことができる。資本主義崩壊の回避としてデジタルワールドは七十年代に選
択された。しかしここでは裸体のごとくにされる。情報とは裸体である。曖昧な日本の二
重言語は通用しない。日本自己遺伝子と模倣子はデジタルワールドによって裸体にされて
いくのだろうか? 資本主義は暗闇市場を嫌うのだ。

 数々の妨害にあいケネディは民主党大会において大統領候補指名を勝ち取る。それまで
大統領は二期八年、第二次世界大戦ヨーロッパを解放したアイゼンハウアー将軍だった。
その副大統領として支えたのがニクソンである。一九六〇年の大統領選挙においてケネデ
ィは、アイゼンハウアーの弟子ニクソンに勝利した。世界はこうしてファシズムに勝利し
た世界大戦の英雄物語から機軸が転回した。これがUSAが存続できるかをめぐる危機感
である。このときクリントンとゴアは中学生だった。そのニューフロンティア戦闘精神と
しての自己遺伝子と模倣子は彼らに継承される。これがイデオロギーである。

 一方、一九六〇年の日本総理大臣といえば、満州国建設者A級戦犯岸信介である。世界
の機軸がいかにあたらしく変わろうと日本は変わらず、天皇制のごとく狡猾に生き延びて
いけ、これが一九五五年吉田茂が創設した自民党の自己遺伝子と模倣子。その国家官僚と
の合体権力構造は四十五年間一貫として変わらず継承されてきた。隣国である韓国との政
治史との対比をみれば、日本がいかに現状維持であったかが明確になる。

 六〇年安保をめぐる闘争の季節は同時に、エネルギー基幹産業の転換としてもあった。
石炭から石油への機軸転換である。石炭つぶしに抗拒したのが九州・三池闘争であった。
労働と資本の総対決として現出した。しかし政治において新安保条約は成立し、エネルギ
ー産業は石炭から石油へと一挙に転覆された。わたしも中学校までのストーブは石炭だっ
たが、六八年高校へ入学すると石油に変わっていた。政治における永久保守国家官僚独裁
政権現状維持(保守)と経済産業における革命、これが自民党独裁政権下における生活
であり、民衆の労働と生活は不断にあたらしい経済への適用へと追いやられていく。これ
が経済における革命と競争である。庶民はとにかくいそがしい生活なのだ。新時代になん
としても適用すべく明日に追われ行く効率への道である。これが高度経済成長を実現した。
 一九六〇年安保闘争による世論をおさめるべく岸信介が退陣し、池田隼人が新総理大臣
になる、彼のブレーンによって国民統合のプログラムが準備された。所得倍増計画である。
「政治革命から経済革命へ」高度経済成長戦略の機軸価値観。労働者は安保闘争と三井三
池闘争から職場に戻った。企業内労働運動、労働組合は自分の賃金をアップするだけでよ
しとする、生活向上委員会に変節していった。動物的本能である「商」の自己遺伝子と模
倣子が反復する。政治はUSAとケネディにまかせ、自分たちはそのすきに世界市場へと
のりだしていく。USA賛美論が巻き起こり、テレビ番組はUSAから提供されたドラマ
番組。ハリウッド映画が日本映画を市場において駆逐する。

 CIA極東委員会による、「文化においてUSAの自己遺伝子と模倣子を浸入させ拡張
させる」「USAの文化生活が世界の規格となる」スポーツ・スクーリン・セックスの三
S政策の全面展開が、六十年安保闘争による反USA意識の現出に対応する答えであった。
「政治と文化はUSAにまかせ、日本はひたすら労働せよ」これが世界戦略に組み込まれ
た高度経済成長の六十年代であろう。しかし六三年十一月、ケネディ大統領の暗殺は、日
本の民衆に再度、USAへの不安をかきたてた。「やはりアメリカは爆撃機B29で空襲
し原爆を落とした恐ろしい国なのだ」つねに日本民衆からよみがえってくるのは戦争犠牲
の記憶。これがUSAと日本の複合意識として奥底に起動している。USAにとってはい
つ日本が真珠湾攻撃をしかけてくるのかわからないという恐れである。

 九一年湾岸戦争で起動したのは、日本民衆にとって、B29による空爆の記憶である。
USAの財政赤字・貿易赤字そして経済の停滞をもってUSA帝国主義の没落を八十年代
から「アメちゃん」などとやゆしていた日本民衆は、湾岸戦争のリアルタイム映像に動転
する。判断能力は喪失し、続いて北欧三国の独立からついにソビエト連邦の消滅。九二年
十一月には四十代の若さでクリントンとゴアがケネディ大統領の再現を果す。USAのニ
ューフロンティア戦闘精神が再起動する。自己遺伝子と模倣子の再起動周波数は三十年で
ある。





【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

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アイ・ヴィー・シー
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アイ・ヴィー・シー
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アンドレイ・ルブリョフ
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紀伊國屋書店
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アイ・ヴィー・シー
惑星ソラリス
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ストーカー
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