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2006年11月25日 (土)

小説  新昆類  (25) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 日本天皇神学国家による中国侵略の開始と、国内における日本共産党の壊滅。在日中国
人・在日朝鮮人への排外政策とアジア人蔑視による大和民族血液主義の国民的統合。軍国
主義とは天皇が現人神としての真理であり、その真理の担い手が侵略軍と軍人であるとす
る絶対的価値観をもつ内部・深層が表層を固定し、融和する軍事統合社会である。朝鮮は
36年間にわたり日本帝国が侵略植民地したのだが、「立派な兵隊を出すために国語生活
を実行しよう!」が植民地朝鮮での標語であった。国語とはつまり日本語であるが、当時、
学校で朝鮮語を使用したら鞭打ちの刑が強行された。日本の残虐性は隣国から民族言語と
名前を禁止し日本語の名前へと強制したことにある。これが日本官僚の近代合理主義の典
型である血液主義であるといわれている。国語=国家である。ドイツでは、自分たちがい
かなる残虐行為をしたのかは歴史教育として義務教育の根幹とされている。日本はおのれ
の歴史教育をごまかし排除してきた。すでにそれは五十五年の格差がある。半世紀にわた
り、日本はおのれ自身の過去を、なきものとして、あつかってきたのである。ゆえにおの
れの過去は瞬時に忘却するシステム設定されている。なんという自己欺瞞であろうか。そ
こにおいてはなにが正義でなにが不正であるのか、判断ができない人間のみが学校から送
り出されてくる。こうして正義と国民主権の担い手はマスメディアと置換される。不正を
報道するマスメディアこそが国民の固有名詞である。とにかく労働力商品としてのわれわ
れ帝国主義市民は生活に追われ過酷労働で時間の戦争をやっているのだ。こうして街頭か
ら不正を弾劾する人間はそして誰もいなくなったのが、都市の砂漠である。

 政治活動とはマスメディアにまかせておこう。おれたちは享楽にひたる居酒屋で。天皇
の存在をうやまい、読み書きさえできればいとするのが日本教育の最低条件である。あと
は競争と競合という勉学戦争のなかで高度な労働力商品を形成するというのが近代的工場
制度としての教育制度である。まさに教育とは商品を排出する工場である。侵略戦争と植
民地収奪の歴史を教えることは、日本国家という商品をみずから傷つけることになる、そ
れは徹底的に排除されるのである。教科書もまた商品である労働力商品予備軍を洗脳する
ためのマニュアル商品である。商品の基準管理として教科書検定はされなければならない。
文部省とは異端を排除する法王庁なのである。そこでは国家の機軸である国語をウィルス
から監視する機関である。居酒屋で飲んでさわいで楽しければそれでいいとするのが九十
年代であった。

 現代の帝国主義国家とはもちろんG7である。市民たるわれわれがこの資本主義システ
ムに生活している以上、おのれの能力を不断に他者と比較し判断する日常から逃げること
はできない。かくして評価の基準は数字となる。こうして市民の動物的本能たるアトミズ
ムは誕生する。アトミズムとは自分のことで精一杯という明日に追われ行く分節された人
間である。力学的人間関係にわたしは規定され、自己防衛が思考の骨格となる。資本主義
の原理は他人をだまくらし、物質として利用しようとするペテン師・詐欺師と消費される
ものとの関係が原基であるため、いつも心理は利用されまい、だまされまいとして他者に
たいして武装する。男と女の関係も、だまされまい、利用されまい、とする疑惑の関係と
なる。自然な関係はいつのまにか歪曲されてしまう。アトミズムの労働力商品・その戦士
たる男は、女を慰安のセックス対象として柔らかなセックスマシンとしての肉体を求める。
この商品の男に規定された女は「常に商品から肯定され、商品に守られ、商品に相手にし
てもらわないと不安になる」といった性的武装に着手する。これが資本主義の循環運動で
ある。ゆえに不況であっても、この日本ではブランド愛がどうにも止まらないのである。
男の精液も女の愛液がとろりとしろいように、しろいひとたる西ヨーロッパからのブラン
ドとセックスしたくてうずうずしているのである。そのような世界イメージは大航海時代
十七世紀に形成されてきた博愛主義である。文化的植民地の実態がここにある。いまなお
日本の男は西洋人にコンプレックスをもち、日本の女は「日本の男はどうせ金髪が好きな
のよ」と日本の男に不信の目をむける。そして日本の女も西洋人とのセックスをひたすら
夢にみるのである。

 植民地文化の男と女は近代的自我というおのれが独立していない。ましてその自我は天
皇制に依拠しているために、自己内面との対話に出会うことが壁となって困難である。ゆ
えに日本は人間的内容を喪失した未来社会といわれるのである。ゆえに簡単にロボットと
の共存は可能となり、ロボット最新国となるのは間違いない。内面と対話するよりロボッ
トと対話する同期社会はすでに開始されている。やがてロボットセックスマシーンが商品
となるであろう。近代日本の真理とは人間ではなく物質であった。人間よりも物を信用し
た社会ゆえに高度経済成長を実現した。商品と純化した男と女は不信を前提に競合してい
る資本主義社会こそ日本である。

 九十年代は実に享楽的な時代であり、その享楽がクリントン時代に日本の総理大臣は七
人もかわった。賃金労働力商品は日本など、どうでもよかったのである。なぜなら、思想
という自己との対話を経験していない完全な自己完結された商品であったから。これが地
球資本主義時代の世代商品である。心配するのはいつ自分が商品の棚から販売不能として
おろされリストラされることのみである。九十年代とは自己の労働力商品をどう高まるの
かの競争と競合であり、こうしてグローバル商品は、近代的主体としての個人を放棄した。
いまやどの場所でも商品は形態電話を離さない。携帯電話がないと恐怖にたたきこまれる。
いつも液体として誰かに接続されていないと生きて行かれないほどまでに変形したあたら
しい商品象である。おのれ自身が個人として世界をつくるのが、近代の人間像であったが、
こうしたあたらしい労働力商品は完全に内部をなき商品へと変貌したのである。もはや生
き方思想を模索し絶望し自殺する青年はいない。圧倒的に現出しているのはいじめとか仲
間との関係または試験という商品途上への不安から自殺するのである。その孤立感とはお
のれが商品へと命がけの飛躍ができないだろう、という孤独である。

 要約すればグローバル全体主義過度期商品の過程こそ九十年代資本主義であった。内部
などは消滅した。あるのは商品の差別と差異、そこにおける自己商品比較こそが自己をみ
つめる液体化された視点でしかない。資本主義とは液体なのだ。セックスムービでいえば、
若き男性が若き女性の顔面めがけて発射するしろい精液である。そして、おまんこのひだ
からとろりとながれるしろい愛液である。しろい精液と愛液こそ帝国市民としてのわれわ
れのグローバル地球的資本主義の表象なのだ。ねばねばしたその自己遺伝子と模倣子のし
ろさはUSAの大富豪のしろさとかわりはない。セックスメディアはアンダーグランドた
りえるか?

 これが今日のアンダーグランドの命題である。いまや、セックスさえも地球的資本主義
たるUSAによって規格化されようとしている。USAは映像と表層において最後の人間
を表出せんとする。最後の人間こそ内部なき規格統一化された商品であることは、すでに
これまで展開してきたとおり自明であろう。これこそがUSAのIT革命戦略なのだ。お
のれの勃起したきんたま画像を今日もUSAの市民たる商品は享楽的な趣味として世界に
向けて送信している。これこそが最後の人間たる商品の命がけの飛躍であろう。しかしそ
の商品は動物であるから、おのれの自己遺伝子と模倣子がたまごたるおまんこへの出口を
真摯に求めている。日本のチャットでも深夜会話を楽しんでいると、突然USAから、ハ
イパーリンクとしてきんたま画像が表示されるのである。きんたま商品のプレゼンテーシ
ョン宣伝。インターネットとは国境をボーダレスきんたま商品とおまんこ商品が本能のま
なざしで出会うシンクロの場所となった。これこそが現代資本主義である。

 内部は完璧に消滅した。あるのは外部としての商品羅列である。資本主義とはまさにま
るはだかへと変性した。秘密の最後の牙城たる天皇制はいったいどうなるのか? これは
USAしだいであろう。しかしながら日本は国家商品の差別と差異として天皇制ブランド
を防衛するはずである。天皇制とは、現在の日本にとって世界に誇る最大商品なのだ。し
かしキリスト教徒の国家とは原則を重要視する、それは中国もおなじてある。天皇制がソ
ニ-・ホンダ・トヨタのごとく世界商品になるためには、あまりにも暗くきたない歴史を
かかえている。日本では過去の暗い罪悪の歴史はみごとに記憶装置を消却し初期化してき
たが、ところがいまでも韓国でも中国でも戦争記念館が存在し、日本帝国による残虐な行
為が展示され観客にショックを与えている。オランダからも戦争賠償金をいまなお請求さ
れている。これでは美しいブランド世界商品にはなれない。グローバル地球資本主義によ
って明治近代に成立した天皇制は追い詰められているのである。すでにさびしく近代は終
焉したといわれている。近代的自我が崩壊したからだ。





【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】


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青木 冨貴子
731
西沢 泰彦
図説 「満洲」都市物語―ハルビン・大連・瀋陽・長春
佐藤 信
日本と渤海の古代史
満州古写真帖―秘蔵写真で巡る悠久の大地、激動の足跡
満州帝国の興亡
入江 曜子
李玉琴伝奇 満州国最後の〈皇妃〉
太平洋戦争研究会
図説 満州帝国
黄 文雄
満州国の遺産―歪められた日本近代史の精神
山口 猛
哀愁の満州映画―満州国に咲いた活動屋たちの世界
石黒 健治
サキエル氏のパスポート―愛と幻の満州国へ
ルイーズ ヤング, Louise Young, 加藤 陽子, 高光 佳絵, 古市 大輔, 川島 真, 千葉 功
総動員帝国―満洲と戦時帝国主義の文化
塚瀬 進
満洲の日本人
西原 和海, 川俣 優
満洲国の文化―中国東北のひとつの時代
太平洋戦争研究会
「満州帝国」がよくわかる本 なぜ築かれたのか、どんな国家だったのか
山川 暁
日本の戦歴 満州帝国の誕生―皇帝溥儀と関東軍
高橋 健男
赤い夕陽の満州にて―「昭和」への旅
古川 隆久
あるエリート官僚の昭和秘史―『武部六蔵日記』を読む
早瀬 利之
石原莞爾 満州備忘ノート
内藤 陽介
満洲切手
太平洋戦争研究会
満州帝国
上垣外 憲一
暗殺・伊藤博文
鄭 銀淑
韓国の「昭和」を歩く
宮嶋 博史, 尹 海東, 李 成市, 林 志弦
植民地近代の視座―朝鮮と日本
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中野 泰雄
安重根と伊藤博文
海野 福寿
伊藤博文と韓国併合
孫 禎睦, 李 終姫, 西垣 安比古, 市岡 実幸
日本統治下朝鮮都市計画史研究
姜 万吉, 太田 修, 庵逧 由香
朝鮮民族解放運動の歴史―平和的統一への模索
海野 福寿
韓国併合―外交史料 (下)
松田 利彦
松井茂博士記念文庫旧蔵 韓国「併合」期警察資料〈第7巻〉警察改革案・事務報告2
日韓共通歴史教材制作チーム
日韓共通歴史教材 朝鮮通信使―豊臣秀吉の朝鮮侵略から友好へ
「アジア太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会」実行委員会
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