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2006年11月27日 (月)

小説  新昆類  (5) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

   2

 昭和二十八(一九五三)年三月末、朝鮮戦争のまっだなか、泥荒は東京の調布飛行場近
くの都営住宅で産まれた。木造の長屋だった。その年、ソ連邦のスターリンが死んだ。ス
ターリン暴落が日本経済を襲ったという。泥荒という名前を付けたのは、父のノブだった。
泥荒は三番目の男の子だった。故郷の神社の名を子供につけたのである。ノブは占領軍憲
兵隊員が監視する機関銃を造る工場で働いていた。ノブは旋盤工だった。ある日、叫び
ながら家を飛び出し、調布の田園を走っていったと母のテルは言う。気が弱いノブは、何
者かの監視下の労働に、もはや耐えれなかったのだろう。そしてノブは精神病院に入院
した。

 昭和三十(一九五五)年、朝鮮戦争は終結した。それを期に日本共産党は地下・非合法
活動から、再び街頭に登場し、分裂していた左右社会党も、日本社会党として統一されて
いった。さらに保守党のつらなりは、闇の巨大資金によって、自由民主党として合流して
いく。日本経済がこの戦争によって、復興し、昭和初期の経済を越えたことは、言うまで
もない。この時期の青春像のトーンは絶望であった。

 泥荒は二歳になっていた。いつも都営住宅、長屋の濡縁から、調布飛行場の飛び立つ飛
行機を見ていた。いまだ彼の記憶装置は作動していなかった。その瞳はただブッラクホー
ルとして、草原が広がる飛行場の風景を吸い込んでいた。長屋の木造都営住宅の濡縁で、
泥荒は五十年代の空気を吸っている。その表情は魚のようでもあり、蛇のようでもあった。
内部というものが欠落し、すっぽねけているように、ただ濡縁から外をながめていた。飛
行機の爆音が泥荒のちいさな体を揺さぶっていた。

 その年、八月に泥荒はテルの姉であるミツ子にあずけられることになった。ノブの発病
により生活が行き詰ったからである。テルは日雇い労働のニコヨンの仕事をしながら、ノ
ブの退院を待つことにした。長男のトモユキは調布小学校に入学したばかりなので、手元
に置くことにした。次男のヨシヒコはすでにノブの実家に預けてきた。

「姉さん、どうかよろしくお願いします。あの人が良くなったら、必ずこの子を迎えに行
きますので……」

 そうテルは、栃木県北部からやってきたミツ子に頭を下げた。
 
「テルも大変だな、私には子供ができなかったので可愛がって育てるよ、それにしても、
東京はなつかしい、やはり田舎と違って活気があるね」

 ミツ子はそう言いながら麦茶を飲んだ。
 
「東京はわたしも姉さんも娘時代に暮らしたところだもんね」

 テルが笑顔で答えた。

 テルとミツ子の父は治之助、母はサヨと云った。サヨは広島県広島市安佐にある鎌倉寺
山の麓、有留村にある小さな寺の娘であった。治之助は広島県呉の造船会社で働く技術者
の息子だった。治之助の父は有留村の出身だった。治之助とサヨは広島で見合い結婚をし
た。治之助は石炭の鉱山を発見する技術者だった。治之助は、十二人の子供をサヨに産ま
せた。ミツ子は八番目、テルは九番目の娘であった。家族は治之助の赴任で、各地の鉱山
へ転々と移動した。テルが産まれたのは大正九(一九二〇)年二月、しんしんと雪ふる福
島県西白河郡金山村の白川炭坑社宅だった。外からは酒を飲んで歌う坑夫たちの常盤炭坑
節が聞こえてきた。

 テルが産まれてすぐ、治之助は白川炭坑の東京本社に戻された。治之助の家族は日暮里
の貸家に住むことになった。テルは日暮里の高等小学校を卒業すると、姉のミツ子のよう
に洋裁店の針子として働いた。ミツ子もテルも二十歳を過ぎたが、若い男は皆、戦争に駆
り出されて恋の縁もなかった。昭和二十年三月十日の東京大空襲で江東区・墨田区・台東
区が炎上し、多くの犠牲者が出た。治之助は「お前たちは疎開した方がいい」と、娘たち
を栃木県太田原の佐久山の薬局に嫁いでいる長女のヤエのところに疎開させた。イネ、ミ
ツ子、テルが佐久山に疎開していった。東京に残った治之助とサヨは五月二十四~二十五
日にかけての東京大空襲の爆撃で死んだ。ヤエの夫も南太平洋戦線で戦死した。

 テルは敗戦を栃木県太田原市佐久山の岡本薬局で迎えた。居候の身分で肩身が狭かった。
姉のイネは、宇都宮連隊の解散によって、陸軍から帰ってきた次郎と見合い結婚をした。
次郎の村は佐久山の隣村である福山だった。長女のヤエに子供がいなかったので、イネと
次郎が店を引き継いだ。ミツ子は隣村の豊田へ後家に入った。ミツ子の相手は十四歳上の
廣次だった。薬売りの商売で、ヤエは妹たちの結婚相手情報を仕込んでいた。

 豊田の廣次は先妻のハツエを昭和十九(一九三九)年の八月に失った。ハツエが死んだ
のは四十八歳だった。廣次は四十五歳で三十一歳のミツ子と敗戦の年に再婚をした。廣次
は九人の子供をハツエに産ませたが、大正から昭和にかけて七人の子供を幼児のまま失っ
た。輝(一歳)、寿(二歳)、貢(五歳)マツミ(二歳)、掌(二歳)、昇(三歳)、生
き残ったのは娘のサトとトモエだけだった。サトはトモエの姉だったが、知恵遅れの娘だ
った。廣次がミツ子と再婚したとき、トモエは十四歳の多感な時期だった。どうしてもミ
ツ子を母親として認めたくなかった。

 テルは岡本薬局で、岡本薬局製造販売の「神皇丸」という漢方薬つくりや、家事の手伝
いをしていたが、ミツ子が農作業の手伝いに来ないか、と誘ってくれたので、今度は豊田
の廣次の家にお世話になることにした。昭和二十二(一九四七)年、テルは二十七歳にな
っていた。

 三十歳を過ぎたら、わたしもミツ子姉さんのように、後家さんに入るしかないと、テル
は覚悟をしていた。春と秋に忙しい農作業の手伝いの仕事も暇になると、テルは矢板の町
に勤めに出ることにした。仕事は木材加工会社「秋木」の製材工員だった。朝、テルは廣
次の家から豊田村の隣村である沢まで歩いていって、沢の停留場から東野バスに乗って、
矢板の町まで通った。沢には佐久山から矢板をつなぐ街道が通っていた。歩いてバスに乗
るたび、テルは早く、東京に戻りたいと願った。




【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】

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