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2006年11月27日 (月)

小説  新昆類  (7) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 その日からノブはグンジの子分になった。世の中で生存するためには、めだたないよう
におとなしくしていること、「金持ち、ケンカせず」これがノブが現実から学んだことだ
った。村の大人社会では寛が小作人をいじめ村を監視していたが、尋常小学校では寛の子
供が小作人の子供たちにいじめられ、監視されていた。大人社会の現実と子供社会の現実
の力関係は逆転していた。ノブは早く尋常小学校を卒業したかった。

 ノブが尋常小学五年になったとき、グンジは村からいなくなった。満州開拓団としてグ
ンジの一家は満州に行ったとの噂だった。ノブはグンジがいなくなったので安心した。学
級では、次の番長を決めるケンカが始まった。「おら、にがてだんべ、ケンカはぁ……」
そう言って、ニコニコすることにした。親密な笑顔こそ、学校で生存する唯一の方法であ
ることをノブは学んでいた。

 ノブが豊田尋常小学校を卒業し、野崎尋常高等小学校へ入った昭和十二(一九三七)年、
日中戦争が全面的に勃発した。寛は「これから戦争景気がやってくっぺ、お国のために、
一生懸命、働け」と、小作人たちに説教していた。ノブは満州に行ったグンジを「今頃、
どうしていんだんべ」と、縁側から遠くの田んぼを眺めながら思い出していた。

 昭和十四(一九三九)年の三月末、ノブは野崎尋常高等小学校を卒業し、同じ五人の卒
業生と一緒に、東京大田区大森にある軍需工場へ、旋盤工見習いとして集団就職した。野
崎駅から他の親に混じって母のトキ、兄のマサシ、弟のカズ、サブ、マモル、妹のムツコ
が見送ってくれた。「ノブ、おめぇは頭、よくないが、みんなと同じようにやれば、大丈
夫だんべ……、からだに気をつけるんだど」トキが涙を流しながらノブを励ました。そし
て「これ、電車の中で食え」と新聞紙に包んだ油揚げの寿司をノブに渡した。「ノブ、正
月休みには帰ってこいよ」そう兄のマサシがノブの肩をたたいた。弟のカズ、サブ、マモ
ル、妹のムツコは、ただ羨望のまなざしでノブを見上げていた。ノブはそのとき、家族で
はじめて東京に就職する英雄でもあった。集団就職に付き添ってくれるメガネをかけた国
民服の教師が、見送りに来た家族に「それでは」と深いお辞儀をして、ノブたちを列車に
乗せた。

 野崎駅から上野行きの列車が出発した。次の駅である矢板駅からも、東京への集団就職
の少年たちが引率の教師に導かれ乗車してきた。矢板尋常高等小学校の生徒と、野崎尋常
高等小学校はよく箒川にかかる野崎橋の下の河原で石の投げ合いのケンカをした。ノブは
いつも石の補給係だった。

「おめぇも東京へ行くんが、おらもだんべ」

 矢板尋常小学校の番長だった斉藤平八郎がノブを車両で見つけ、近寄って言った。
 ノブはニコニコしながら、
「ああ、そうげ、おらたちは大森の工場だけんど、おめぇは?」そう質問した。

「おらがぁ、おらは品川の工場だんべよ、東京で会うこともあるがもしんねけなぁ、そう
したら、おめぇ、おらの子分にしてやっぺ、あははは」斉藤平八郎は笑った。

 「斉藤、席を離れるんでない」向こうから、矢板尋常高等小学校の引率教師が怒鳴って
注意した。

「またな、これ、おらが就職する工場の住所だがらよ、休みの日に訪ねて来たらよがんべ、
遊ぶべよ」と言って平八朗はノブに紙の切れ端を渡し席に戻っていった。

 ノブは故郷を離れることに不安もあったが、帝都東京で働き暮らすことに新鮮な嬉しさ
があった。なによりもいつも家長として威張りくさっている寛から自由になれることが嬉
しかった。寛はいつもノブを「このバカ野郎!」とののしっていたのである。

 鬼怒川鉄橋を越え、宇都宮駅を列車が出た頃、引率の教師がノブたちに説教した。
 
「おまえたちの注意しておくことがある。向こうに付いたら、上の人の教えをよく聞いて、
早く工場の仕事に慣れなさい。寮ではきちんと生活しなさい。だらしがないのは嫌われる。
早寝早起きを守りなさい。野崎尋常高等小学校の後輩が、これからお前たちが働く工場で
も就職できるようにしっかりやってくれよ。それから東京には陰謀を企む共産党という国
賊の赤が、どこにいるかわからないので、変な話にはだまされないこと、いいな」

「ハイ!」とノブたちはかしこまって応えた。

 列車はやがて利根川を越え、関東平野を南下し、帝都へと滑り込んでいった。

 




【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】


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