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2006年11月17日 (金)

小説  新昆類  (33) 【第1回日経小説大賞第1次予選落選】

 六四五年の「大化の改新」から七二〇年「日本書紀」までの表層としての政治空間は不
均衡であり、流動化する危機的情況が連続的に動いている。王権内ゲバルト闘争と7世紀、
東アジアの衝突。古代以来、東アジアの中心はユーラシア大陸中華としての広大な中国の
政治闘争であり、この中華動物的本能である自己遺伝子と模倣子から独自的政治l空間を
防衛し、主体を形成せんとする周辺王権の政治闘争によって流動化してきた。

 ベトナム自己遺伝子と模倣子、朝鮮自己遺伝子と模倣子、日本自己遺伝子と模倣子は中
華に規定されながらも、これにくらいつくされるのではなく、反発し、独自的な自己遺伝
子と模倣子を建設の意志として形成してきた。ゆえに強いのである。ある学者によれば資
本主義生産様式と歴史的生産蓄積から言えば、いずれUSAと日本は時期がづれるにせよ、
戦争をしたであろうと定性されている。朝鮮戦争においてもUSAは勝利することができ
ず、中途で戦略を停止して、マッカーサー将軍をその責任をとる形で解任したのである。
ベトナムにおいては、USA侵略軍は完全に敗北した。その歴史的生産蓄積こそ古代以来
の中国との対峙である。ベトナム・朝鮮という場所は一時的後退があろうと、帝国が植民
地できる場所でないことを、帝国軍創設者山県有朋は甘くみた。そして伊藤博文の上昇す
る人生は朝鮮において地獄へとたたきおとされた。

 朝鮮・韓自己遺伝子と模倣子の場合は、中華自己遺伝子と模倣子、そして日本自己遺伝
子と模倣子におびやかされることにより、おのれの主体を意識せざるえない情熱的な自己
遺伝子と模倣子として形成される。たとえば現在、韓国の国旗である太極旗は、ある時間
の極が到来すると逆転するというパラムの円環である。それは他の自己遺伝子と模倣子に
よって、ある時間が支配されたとしても、その時間が極に達すると逆転し、おのれの自己
遺伝子と模倣子の道が開けるとする風の思想である。そこに草原から発声した騎馬民族の
においがする。遊牧騎馬民族のシンボルは古代ローマ帝国にしても、中世モンゴル帝国に
しても、近代オスマン・トルコ帝国にしてもシンボルは狼である。狼とはつまり風の思想。
 六〇〇年代という七世紀の東アジアの表層空間に激突する部族の政治闘争こそが、総体
としての韓・朝鮮自己遺伝子と模倣子、総体としての日本自己遺伝子と模倣子を誕生せし
めた。特に最大要因は、朝鮮半島南部を戦場とした、唐・新羅連合軍と百済・日本連合軍
との海上・陸上にわたる全面戦争である。そして、高句麗・新羅・百済によるどの自己遺
伝子と模倣子が未来に継承できるかをめぐる壮絶な戦争は、そのまま、日本にも、波及す
る。百済と同期化を図った曽我一族執権の転覆は百済王権内の権力闘争が日本で勃発した
「大化の改新」である。このとき現出したのがやがて藤原執権王朝の祖である、藤原鎌足
である。かれは騎馬民族のシャーマンである神官であった。百済王権の内紛を弱点として、
攻めたのが唐帝国と同盟を結んだ新羅であった。

 六六〇年日本の王権は百済に援軍を派兵することに決定する。もともと日本とは馬韓か
ら誕生し、馬韓は百済へと統合されたのだから、この時の百済と日本は同期上に存立して
いた。翌年六六一年には、司令部もかねる政治の中心地を北九州の朝倉宮に移す。総力を
あげての戦時体制である。しかし六六三年に百済・日本連合軍は白村江戦において大敗す
る。こうして百済は消滅した。百済の全官僚機構は日本へ亡命する。

 六六七年北九州から近江へ政治の中心を移動させる。敗戦処理である。「日本書紀」に
はこの白村江戦敗走から近江遷都までの4年間、全く記録されていない。論理と物語はす
ざましい表層空間の激突、それによるおそるべき人間関係がもたらす敗北の地獄編を記述
することができず、沈黙する。内部と深層とするためには言語化されなくてはならないの
だが、表層空間の激突とは人間の想像力を不断に超越するからである。人間は対象化でき
ぬ出来事は言語水準によって記述できない。わたしが、現在、一九七〇年を記述できるの
は三十年間、表層空間の激突で鍛えられたからである。論理と物語が沈黙した表層の出来
事は、その後の時代をウィルスとして内部と深層に侵入する。出来事とはウィルスである。

 民衆存在が記述されるのは古代から決定されている。生産力と労働力としてのみ、台帳
に記述される記号である。民衆の物語と時間は民衆から詩人が誕生しないかぎり記述され
ない。現在としての表層空間に登場する人物こそが、自己遺伝子と模倣子である。「偶然
はあまりに必然だった」これが模倣子。表層空間との関係項としての模倣子の存在はいず
れあきらかになるであろう。いまは、七世紀にもどろうではないか。

 戦争とは終戦から開始されると言われている。つまり表層空間の激突は内部・深層へと
はいりこむ。そこから戦争の経験は起動するのである。それが第二次世界大戦後の五十五
年間の内容であろう。ゆえに出来事はなんらかの形態として戦争との関係項にある。神田
の古本屋で「日本戦争論」を買って読んだ。侵略戦争時に発行された本で、ほとんど、エ
ンゲルスとクラウゼヴィッツの自己解釈であった。戦争とはおのれの一点をいかに防御し、
敵の戦闘力を壊滅するかにある、この原点が思想として把握されていない。中国戦線にお
いて毛沢東持久戦によって日本陸軍はゆえに敗北したのである。七十年代新左翼の党派戦
争によってクラウゼヴィッツ「戦争論」は、実践と現場において対象化された。

 わたしは七十年代から八十年代「戦争論」は何回も読了した。あの岩波文庫は、赤線、
緑線青線、黒線とアンダーライインがかさなって引いてある、それほど主体化しなければ、
八十年代は生きてこれなかった。二十一世紀初頭とは二十世紀崩壊の表土喪失が内部・深
層に入り込んだ、アンダーグランド展開として侵攻する。アンダーグランドこそ、明るい
「商品生成=消費」が消却した、記述されなかった時間・実践と場所である。

 表層空間と人間関係の激突は空間の不均衡をもたらす。政治者はこの激流にのまれまい
と抗する。その場合、二通りのタイプが現出する。建築の意志と強靭な精神力を政治空間
の激流によって、わが面を洗いおのれの骨格を目的意志的に形成せんとする政治者のタイ
プ。もうひとつのタイプは自然生成的タイプである。この場合、政治空間の激流は不断に
おのれの都合によって解釈され、表層はおのれの内部の延長と錯覚する。表層が均衡し安
定している場合は、この種の自然生成的タイプの政治者は生き延びることができるが、表
層が不均衡で政治空間が激流化しているときは敗北する。

 表層とはあらゆる人間の内部が行為として、表出する空間である。建築の意志を強靭な
精神力で支える政治者は、こうした動きを予測しシミュレーションする。推論構築力と想
像力が武器となる。囲碁・将棋とはシミュレーション・ゲームであり、相手の戦法の動き
と精神的諸力のゆらは、重要な推察対象となり、読む行為とは解釈のためでは
なく、おのれが打つ次の手のためにある。

 総力をあげて戦った白村江戦争の敗戦は、ときの王権基盤を動揺させたに違いない。こ
の戦争計画決定者であった天智政権は、対馬、九州北部の砦を強化しながら、内部を建設
していった。戦争とは攻撃よりも防御である。防御とは戦争を通して、戦争を遂行できる
組織建設。ゆえに野球でも守りが重要となる。いかに敵の攻撃を封じ込めるかが武装の第
一条件となる。その機構を推進したのは百済官僚機構であった。強力な「唐帝国」という
他者を、彼らは肉体・身体的知覚ににって、敗戦から学習した。

 万葉集にあらわれる、よみ人知らず防人の歌の表層空間とは、一方においてユーラシア
大陸をみすえる非日常としての日常があり、他方においてこの非日常から喪失した故郷の
日常を思うおのれがいる。詩人とは情を深め歌を発生させる。重要なのはおのれの感受性
を文字に表記する行為は、中華文明から漢字の移植なしには成立しなかったということで
ある。文字をわがものとすることによって、われわれは詩と物語を誕生させることが可能
となる。だがすでに私的所有としての内部になった以上、おのれの喪失した過去は、この
島では沈黙し永遠に掘り返されることがない、深層へと埋められなくてならない。

 自然生成的な音声文字は、空間に交差する人間関係の出来事、あるいは神と人間との関
係として、空間の音が内部となる。それに対し形象文字はある対象の形とイメージが内部
となる。きわめて人間の人工的構成の建築的な情念がすでに歴史として漢字の内部にはあ
る。漢字には文字をつくる職人が存在していた。それゆえに形象文字なのだ。モンタージ
ュ言語としての漢字は、それまでの王朝の私的所有であったが、7世紀の日本にある一定
のスピードをもって浸透していったと思われる。高度情報・高度技術を持った他者の参入
によって。

 「白村江敗戦後」天智政権は、近江の遷都をはたし、日本最初の課税の台帳と、人民の
身分を確定する氏姓の台帳づくりとしての戸籍制度を導入する。人民支配の基礎を確定せ
んとしたのである。

 対外戦争の敗北から、天智政権が学習したことは、強力な内部形成としての内政であろ
う。それまでの自然生成的人民支配から、台帳記入によって人民の表層空間としての生活
を支配する革命的な方法は、もちろん高度情報・高度技術をもつ官僚の存在なしににはあ
りえない。百済からの政治亡命者と王権参入と、軍団部族による地方への国造り部として
の東部開拓によって、台帳記入人民支配方法は可能になったと思える。USAは西部開拓
であり、南北戦争であったが、それと同期としてある、日本は東部東北開拓であり、西日
本と東日本の戦争である。USAの北部と南部の風土が違うように、日本は西と東の風土
は違う。朝鮮・韓国においても、高句麗・新羅・百済の風土は今日まで差異として継承さ
れている。

 すでに前世紀から、中国・エジプト・ギリシア・ローマ、そして朝鮮三国はこのような
台帳記入による人民支配を確立し、国家を形成していた。国家の基礎とは課税の台帳記入
であり、支配する人民の氏姓と家族、および奴隷の数を明らかにする台帳記入である。そ
れを担う官僚は生成する。七世紀の日本は中国と二千年の落差があった。他者によっ
て、その落差を学習した天智政権は、国家政治の中心としての首都を形成し、次にその首
都から全国に命令を下す基礎としての人民台帳をつくった。律令制度への胎動。行政官僚
機構の誕生。国家宗教である仏教の各地に建設した国分寺。それらの参謀こそが藤原鎌足
であった。官僚機構による日本文明はこうして誕生した。



【第1回日本経済新聞小説大賞(2006年度)第1次予選落選】

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遠山 美都男
白村江―古代東アジア大戦の謎
森 公章
「白村江」以後―国家危機と東アジア外交
鬼頭 清明
白村江―東アジアの動乱と日本
全 栄来
百済滅亡と古代日本―白村江から大野城へ
牛島 康允
検証 白村江の戦い
鈴木 治
白村江 (1972年)
鈴木 治
白村江―古代日本の敗戦と薬師寺の謎
鈴木 治
白村江―古代日本の敗戦と薬師寺の謎
鬼頭 清明
白村江―東アジアの動乱と日本 (1981年)
小林 惠子
白村江の戦いと壬申の乱 補訂版―唐初期の朝鮮三国と日本
室伏 志畔
白村江の戦いと大東亜戦争―比較・敗戦後論
夜久 正雄
白村江の戦―七世紀・東アジアの動乱 (1974年)
藤原 春雄
大織冠・内大臣 藤原鎌足
批評日本史〈1〉藤原鎌足―政治的人間の系譜 (1972年)
青木 和夫, 田辺 昭三
藤原鎌足とその時代―大化改新をめぐって
共同通信社, 共同通信=, ナリタエディトリアルオフィス, 平山 郁夫, 早乙女 雅博
高句麗壁画古墳
由水 常雄
ローマ文化王国‐新羅
金 富軾, 金 思ヨプ
完訳 三国史記
今井 啓一
百済王敬福(くだらのこにきしきょうふく)―東北経営の先駆者東大寺大仏造立の殊勲者
蘇 鎮轍
金石文に見る百済武寧王の世界
荒木 博之
百済王族伝説の謎―日向・百済・飛鳥はトライアングルだった
石渡 信一郎
百済から渡来した応神天皇―騎馬民族王朝の成立
浜田 青陵
百済観音
朴 淳発, 木下 亘, 山本 孝文
百済国家形成過程の研究―漢城百済の考古学
徐 延緑, 金 容権
百済金銅大香炉―古代東アジアの精神世界をたずねて
山辺土筆
百済と倭国の物語り
全 栄来
百済滅亡と古代日本―白村江から大野城へ
森 浩一
検証・古代日本と百済―枚方歴史フォーラム
小林 惠子
広開土王と「倭の五王」―讃・珍・済・興・武の驚くべき正体
東 潮
高句麗考古学研究
徐 建新
好太王碑拓本の研究
高 濬煥, 池田 菊敏
「伽耶」を知れば日本の古代史がわかる―卑弥呼の国 幻の伽耶の謎を追う
尹 錫暁, 兼川 晋
伽耶国と倭地―韓半島南部の古代国家と倭地進出
末松 保和
古代の日本と朝鮮
李 鐘恒, 兼川 晋
韓半島からきた倭国―古代加耶国が建てた九州王朝
李 盛周, 木村 光一, 原 久仁子
新羅・伽耶社会の起源と成長

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