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2012年2月 7日 (火)

(写真動画) わがふるさと 3

わがふるさと 3




http://www.youtube.com/watch?v=THXpKm8cUzE&feature=player_detailpage&list=UUP5Kgkn-yZtK6KlGKHMdsgQ

死が身近になると、ふるさとへの愛郷がつのる。

おーるさんがなくなった3月21日、わたしは今年、越えることができるのだろうか?

人にとって死は天命である。


おーるさんはネットに体をはり最後までネットに託し死んでいった。

そしてネット葬式が実現した。

おーるさんのふるさとは「いわき市」であった。

おーるさんが死んで訪れたことがある。

昨年の七月、いわき反原発デモにも参加した。

いわきは福島県であるが会津藩ではなかった。独自独特な藩であった。


ネットの向こう側という言説がある。

わたしはそれは、2012年の現在、幻想であると思っている。

問題意識がある人間は、すでに1990代初期からパソコン通信をやり、1995年からインターネットをやっている。


死が身近になると、ふるさとへの愛郷がつのる。


日向山(ひなたやま)。


父は根源の力をふりしぼり、樹木を倒し、樹木の根を地中から掘り出し、畑を開墾した。

父のそばで、母も根源の力をふりしぼり、畑を開墾した。

この記憶がわたしのふるさとであった。


寺山修司演劇の白石征先生から
「おまえには父の血の系譜が見えない」と
言われたときがある。


わたしの父、血の系譜は社会であった。

死が身近になると、ふるさとへの愛郷がつのる。

ふるさとの駅を降りるとき、ふるさとは思想だった。

そして、ふるさとは父であり母であった。


ふるさとはわたしの身体の命としての血だった。

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